REVERコラム

鉄くず小僧が行く11|株式会社山根商店様へ行く

いつもお読みくださり有難う御座います。
鉄くず小僧です!

以前のコラムの中で、鉄屑スクラップの切断を目的とする、大型スクラップシャー(通称「ギロチン」)が、日本国内で登場したのはいつか?という歴史を紐解いたところ、1964年に大阪府堺市にある株式会社山根商店様が、ドイツのリンデマン製の370t圧ギロチンを導入したことが、始まりであったという事が分かりました。

今回は、そんな戦後日本の、ヤード設備のモデルケースを作った、株式会社山根商店様の、山根社長・山根専務に、当時と現在の話しを聞くべく、訪問して参りました!

山根義照社長は、2代目になります。日本で初めて導入した当時の話しを聞いたところ、最初の頃は、近隣の同業者達からは、「お金を掛けて、海外の機械を買ったところで何がしたいんや。」と馬鹿にされ続けていたそうです。また、鉄の製品を納めるメーカー側からも、理解される事はなく、先代の社長も「自身の選択は間違いじゃなかったか」と、不安に襲われる事も多々あったそうです。現在のヤード体制は、1基目のギロチンを導入して以降、ギロチンが3基(1600t、1250t、1000t)、プレスが1基(ハイブリッドプレス機)での運営をおこなっています。

弊社のGP内を見渡しても、ギロチンを3基設けている工場はありません。その為、3基をどの様に稼働させているのかが、非常に気になっており、大変失礼ながら、3基のうち、1基くらいは稼働を止めているのだろうと勝手に思っておりました。

しかし、実際に訪問すると、過去に批判されていた事が信じられない程の、徹底した管理で、鉄の品質・納品先ごとに、ギロチンを使い分けており、山根ブランドとしての安定した信頼性を、見事に構築されておりました。

ギロチンを3基にした理由を伺ったところ、鉄を持込んで頂いたお客様を待たせたくないというサービスの延長が、この体制を築いていったそうです。また、お客様への配慮だけにとどまらず、近隣の方々に対する対応も、大切にされており、工場周辺には花壇を設け、騒音や振動の対策の為にも、設備や重機はすべて建屋内に設置され、砂埃なども外に出ない配慮が徹底されておりました。

そんな社長から、商売人としての哲学も教わる事が出来ましたが、「お客様とは【お互いさま】」という考えや、近江商人の「三方良し」の経営哲学の話しは、私自身も営業マンとして非常に学ぶ点がありました。

歴史を振り返ると、当時の背景や、現在に至るまでの、業界動向がより深く見えてきます。株式会社山根商店様が、1964年にギロチンを導入してから、54年。業界も大きな変貌を遂げて来たと思います。更に更に時代は流れていく中で、改めてここから、業界どの様な変貌を遂げていくのか。時代と共に私自身も成長していこうと決意する事が出来た、今回の訪問となりました。

関連記事一覧

  1. 鉄くず小僧
PAGE TOP