
TNFDとは何か?生物多様性との関係や開示の重要性まで詳しく解説
2024年05月30日

気候変動対策に続き、直近では自然資本・生物多様性の保全に大きな注目が集まっています。そうしたなか、2023年9月には企業による自然関連課題の開示方法についてTNFDの最終提言が公開され、一部企業では取り組みが進められています。本記事ではTNFDが策定された背景や狙い、生物多様性との関係や開示の重要性について解説します。
目次
TNFDとは何か?
企業と生物多様性との関連性を開示する枠組み
TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)は、企業活動における自然環境や生物多様性との関連性について、評価・開示する枠組みを構築するために設立された国際的組織であり、枠組みの呼称としても使用されています。
TCFDの生物多様性バージョン
TNFDに似た用語として、TCFD(Task force on Climate-related Financial Disclosures)がありますが、これは気候変動が企業活動にどのような影響を与えるかについて、評価・開示するための枠組みです。一方、TNFDでは企業活動における自然資本・生物多様性に関連する財務上のリスクと機会を評価するとともに、「ネイチャーポジティブ」の実現を目指しています。
ネイチャーポジティブとは?
生物多様性の損失を止め、回復軌道へと転換させること。TNFDにおいては自然が企業活動に与える影響だけでなく、企業活動が自然に与える影響についても評価・開示することを求めている。
ESG投資を加速させるTNFD
TCFDやTNFDは、いずれも自然環境の変化による企業活動への影響を明らかにすることを目指していますが、これにより企業の環境問題への対応が世界中で見える化でき、ステークホルダーが投資を含めた様々な判断をする際の基準にすることができるのです。これによりESG投資を加速させることで、世界の金融資金の流れをネイチャーポジティブへ転換させることが期待されています。
ESG投資とは?
企業の売上などの業績だけに注目するのではなく、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)への取り組みといった非財務情報を評価して行う投資のこと。世界での運用額は2022年度で約33.3兆ドル(約4,500兆円)となっている。
なぜ生物多様性が重要なのか?
生態系サービスがもたらす様々な恩恵
TNFDでは企業と生物多様性との関連性について開示することを求めていますが、そもそもなぜ生物多様性が人間にとって重要なのでしょうか。
生物多様性は、私たちの暮らしを支える重要な「自然資本」の一つであると考えられています。自然資本とは、森林、土壌、水、大気、生物資源など、自然によって形成される資本(ストック)のことで、そこから得られる様々な恩恵を「生態系サービス」として捉えることができます。生態系サービスは以下の4つに分類されており、あらゆる側面で私たちの生活を支え、豊かにしてくれていることがわかります。
※引用:鎌ヶ谷市HPより
①供給サービス
供給サービスとは、食料や水に加え、燃料、木材、繊維、薬品といった人間の生活に重要な資源を与えてくれるサービスのことを指します。生物多様性が失われることで、現在利用している資源や、将来発見される可能性のある資源を利用できなくなるリスクがあります。
②調整サービス
調整サービスとは、森林があることによって気候が緩和されたり、洪水が起こりにくくなったり、水が浄化されたりといった、環境を制御するサービスのことを指します。生物多様性が失われると、こうした環境を人工的に再現しなければならず、膨大なコストが必要となります。
③文化サービス
自然や生物からは精神的充足や美的な楽しみ、レクリエーションの機会なども得ることができます。多くの文化・宗教はその地域固有の生態系によって形成されています。生物多様性は文化の基盤も担っており、これを文化サービスと呼んでいます。
④基盤サービス
上記①~③のサービスを支えるのが基盤サービスです。例えば、植物の光合成による酸素の生成、昆虫や微生物などによる土壌形成、水や栄養の循環など、全ての生物にとって不可欠なものです。
生態系サービスに依存する経済活動
このように、私たちの生活は生態系サービスに多くの面で依存しているにもかかわらず、乱獲や土地の開発などによって多くの生態系を脅かしています。そうした現状を踏まえ、経済活動の主体である企業が自然環境や生物多様性へどのような影響を及ぼしているのかを明らかにし、依存リスクなどについて開示する重要性が高まっているのです。
TNFDで推奨されている情報開示とは?
多くのガイダンスから構成されるTNFD
TNFDは情報開示の指針としてガイダンスを公開しており、情報開示に関する全般的なガイダンスを頂点に、それを補強する複数の追加ガイダンスで構成されています。企業はこれらに従いデータを準備していくことになります。
企業の情報開示においては、TNFD以外にも数多くの国際的指標が設けられていますが、TNFDはそれらとの整合性も重視して構成されています。先述の TCFDに準拠しているほか、サステナビリティレポートの基準を定めるGRIやISSBなどの指標とも整合性が取られており、企業が取り組みやすい構成になっているのです。
「4つの柱」と「14の開示推奨事項」
TNFDのガイダンスにおいて中心となるのが「4つの柱」です。これは、①ガバナンス、②戦略、③リスクとインパクトの管理、④測定指標とターゲットといった4大項目について開示する必要性を示しており、さらにその下位には14の詳細な開示推奨事項が設定されています。
①ガバナンス
自然関連の依存、インパクト、リスク、機会に関する組織のガバナンスを開示する。
② 戦略
自然関連の依存、インパクト、リスク、機会が、組織の事業、戦略、財務計画に与える実際および潜在的なインパクトを、そのような情報が重要である場合に開示する。
③ リスクとインパクトの管理
組織が自然関連の依存、インパクト、リスク、機会を特定・評価・優先付けし、監視するために使用するプロセスを記載する。
④ 測定指標とターゲット
自然関連の依存、インパクト、リスク、機会を評価し、管理するために使用される測定指標とターゲットを開示する。
情報開示のためのフレームワーク「LEAPアプローチ」
実際に企業が4つの柱に則って情報開示をする際、具体的な目標設定が必要となります。そこで、TNFDでは「LEAPアプローチ」というフレームワークを使用することが推奨されています。LEAPとは以下の4つの単語の頭文字をとったもので、これに沿って設定された目標に向けて行動すること、そして進捗と実績を測定することを推奨しています。
L=Locate(ビジネスモデルやバリューチェーンと、自然との接点を発見する)
E=Evaluate(企業活動における自然環境への依存とインパクトを診断する)
A=Assess(企業活動における自然関連のリスクと機会を抽出・優先付けし評価する)
P=Prepare(戦略とリソース分配を計画し、情報開示のために準備する)
TNFDの現状と今後の課題は?
TNFDを取り巻く世界の動き
2024年1月に開催された世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)では、TNFDのフレームワークに従って早期に開示する意思表明を行った企業が320社に上ったと発表されました。これらの企業は遅くとも2025年の事業について開示しなれければなりません。また特筆すべきは、これらの企業のうち約3分の1が金融機関であり、改めて投資家の注目度の高さが伺えます。
このような情報開示の流れは今後本格化すると見られ、特に環境意識が高いとされる欧州連合(EU)では域内外の企業にサステナビリティ情報の開示を義務づけた「企業サステナビリティ報告指令(CSRD)」に基づく開示が2024年1月に適用され、開示基準には気候変動や自然が含まれています。
日本におけるTNFDへの取り組み状況
ダボス会議でTNFD開示宣言を行った企業のうち、日本企業は80社と最も多く、すでにTNFDレポートを発行した企業もあります。主に大手企業ですが、投資家への説明会では好評を得ていると言われているため、2025年の各社のレポートに注目が集まるでしょう。
TNFD開示を実践する難しさ
TNFDは環境経営やESG投資を加速させる一因となるものの、実際に情報開示を行うにあたって、課題が山積しています。まず、大手企業は多くの場合、事業領域が広く、全てのバリューチェーンに関するデータを収集・分析するのは、膨大な時間と手間、そしてコストがかかります。また、回収したデータを解析するためツールも必要となります。自社の事業に関する知識が豊富で、かつ生物多様性やデータの扱いを熟知した専門家が求められるでしょう。
そして、最も大きな課題となるのが目標設定です。TCFDでは気候変動をテーマにしているため、CO2の排出削減目標が数値として明確に打ち出されていますが、TNFDでは生物多様性がテーマなので、未だに生物多様性条約締結国会議でも具体的な目標値が示されていない状況のなか、各企業でそれらを設定するのは難度が高いと見られています。いかに説得力のある目標設定ができるかが、成否のカギになるでしょう。
このように、TNFDが世界中で普及・定着するには課題が多く時間がかかりそうですが、一方でまだスタートしたばかりの取り組みのため、これから様々な企業が着手することで知見が蓄積されていくことが期待されています。